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大阪高等裁判所 平成8年(ネ)214号 判決

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  被控訴人は、控訴人に対し、金五七二万八九三五円及びこれに対する平成七年六月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  控訴人のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、第一、二審を通じて一〇分し、その七を控訴人の、その余を被控訴人の負担とする。

理由

第一  事実認定

前記争いがない事実に、《証拠略》を総合すると、次の事実を認めることができる。

一  控訴人は、大阪市中央区西心斎橋店と東心斎橋店の美容室二店舗を経営している。西心斎橋店で経営を始めてからは約二一年である。東心斎橋店を始めてからは約一三年である。年間の売上げは約二八〇〇万円で、従業員は五名である。

被控訴会社は、不動産の売買、仲介、賃貸、管理、住宅地の開発、造成等を目的とする株式会社である。

多田は、本件当時被控訴会社大阪支店営業第二部第六課に勤務する社員であった。

被控訴会社は、新規分譲マンションの販売等を行い、中古不動産の仲介業務を直接行っていない。被控訴会社は、新規分譲マンションの購入者から売却の依頼があれば、マンションが完成して登記をした後に、関連会社を紹介し、同社が仲介業務をしていた。

多田は、右支店において、新規分譲マンションの販売を担当していた。

二  控訴人は、平成元年末ころ、その経営する美容室の客から多田の紹介を受けた。

多田は、控訴人に対し、「株式会社大京大阪支店営業第二部第六課多田幸輔」と記載された名刺を差し出して自己紹介した。そして、多田は、控訴人に対し、被控訴会社が当時売り出し予定のライオンズマンション明石大久保のパンフレットを示し、同マンションの人気が高く、同マンションの購入をすれば転売は容易であることを説明したうえ、控訴人が本件マンションを購入すれば、短期間のうちに転売して利益を得ることができるから購入しないかと勧誘した。

多田は、右勧誘の際、控訴人に対し、本件マンションの権利は内海利久が所有しているので、控訴人は内海利久から購入すること、売買代金について、契約書上の代金額をいわゆる圧縮して記載することなどを説明した。

三  控訴人は、多田の勧誘に応じて、本件マンションを購入することにした。

控訴人は、購入代金三八〇〇万円のうち二〇〇〇万円は、控訴人の夫甲野太郎名義で平成二年三月一五日に株式会社福徳銀行から借りた三〇〇〇万円の中から二〇〇〇万円を充て、残り一八〇〇万円は、控訴人が乙山春夫名義で平成二年三月一九日に株式会社住総から借りた一八〇〇万円を充てた。なお、乙山春夫名義の借入に際して、同人他一名の名義の不動産に抵当権が設定された。

そして、平成二年三月ころ、売主内海利久と買主乙山春夫との間で、代金二六五〇万円とし、内金三〇〇万円を平成二年二月二三日、残代金を同年三月一五日とする売買契約書が作成された。また、右二六五〇万円の支払関係の領収書として、平成元年四月一五日付の八〇万円(手付金)及び平成二年二月二一日付の三〇〇万円、同年三月一六日付の二〇〇〇万円、同月一九日付の二七〇万円の各書面が作成された。

右売買契約書の立会人欄には、多田個人の住所氏名が記載されたうえ押印がされている。また、控訴人が同契約書と同日付で仲介手数料四五万円を支払った旨の領収書には、多田個人の住所氏名の記載と指印が押されている。被控訴会社が不動産の売却業務を行う場合には、同社所定の売買契約書、領収書の用紙を使用するが、本件売買契約書及び仲介手数料領収書は市販のものである。また、本件に関して作成されたいずれの書面にも被控訴会社名の記載がない。

四  控訴人は、売買契約後本件マンションの鍵を受け取り、また管理費を支払い、前記借入金の返済を続けた。

しかし、短期間のうちに転売できるとの多田の説明に反して、一向に転売が行われなかった。このため、控訴人は、被控訴会社大阪支店に勤務中の多田に電話するなどして、速やかに転売をするよう繰り返し申し入れた。控訴人は、平成四年一月からは、右大阪支店を訪れ、同支店応接室などで多田に直接善処方を要求した。多田は、転売先を探すべく活動を続けてはいたものの、結局十分な転売益を得ることができる買受人を探し出すことができなかった。

五  控訴人は、多田が被控訴会社を退社したことを、平成四年七月五日に知り、同日被控訴会社大阪支店営業第二部第六課大枝靖浩係長に本件マンション取引の件を説明した。控訴人は、その際本件マンションの所有権移転登記手続がされていないことを知り、平成四年一〇月一三日付で平成二年三月一五日付売買を原因とする内海利久から乙山春夫への所有権移転登記手続をした。

その後、控訴人は、被控訴会社が本件マンションの転売をしないため、止むなく、その処分を株式会社シティライフに依頼し、その仲介により、平成四年一二月二九日にこれを代金二七〇〇万円で転売し、同日手付金二七〇万円を、平成五年三月末日に残代金二四三〇万円を受領した。

第二  控訴人主張の事実の検討

一  控訴人は、多田が、控訴人に対して、本件マンションの転売益を、その取得額及び時期を確約して勧誘したと主張し、《証拠略》中には、右主張に副う部分がある。

二  しかし、控訴人は、多田から三か月以内に一〇〇〇万円の転売益を取得することの確約を得たと主張するが、同確約を証するに足る書証は何も提出されていない。

また、前記認定事実によると、控訴人は、三か月を経過した後も平成四年七月五日に多田の上司の大枝係長と面談するまで、多田に対して速やかに転売するよう申入れてはいるが、それ以上の手段には訴えていないし、同人に右確約に関する書面の作成等を求めることもしていないことが認められる。

そうすると、一項掲載の証拠はにわかに採用できない。ほかに、控訴人の右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

第三  多田の不法行為

前記第一の認定事実によると、多田は、本件マンションの転売が容易であり、短期間のうちに転売益を得ることができるからと説明して、控訴人に対して、本件マンションの購入を勧誘した。しかし多田の説明に反して、長期間転売ができず、控訴人は転売益を得るどころか、逆に転売損を被ったことを認めることができる。

多田の控訴人に対する右勧誘行為が行われたのは、不動産の高騰が続いていた時期である。同人は、右行為以降に、転売先を見出すべくそれなりの活動を続けていた。控訴人も多田に対して苦情を申入れてはいるものの、有利な転売時期を待つようにとの同人の説明に一応納得していた。これらの事実からみると、多田の右行為をもって故意に基づく違法なものであると断ずることはできない。しかし、多田は、後記のとおり被控訴会社における職務権限外の勧誘行為を、しかも確実な転売先発見の可能性がないにもかかわらず、控訴人に対して持ちかけて控訴人に本件マンションを高額な代金で購入することを決意させ、後記のとおりの損害を被らせている。そうすると、多田が、右勧誘行為をした際に、控訴人を欺罔したとまではいえないとしても、多田は、控訴人に対し、転売益取得の可能性に関する正確な見通しを十分に説明せず、かえって控訴人に、容易に転売益を取得することができるものと軽信させたものであるといえる。したがって、多田には、本件マンションの購入を控訴人に勧誘するに際して、控訴人に対して十分な説明をする義務を怠った過失があるから、多田には、この違法な勧誘行為により控訴人が被った損害を賠償する義務がある。

第四  使用者責任

本件マンション購入は中古マンションの取引であること、被控訴会社は、新規分譲マンションの販売等を行っているものの、中古マンションの仲介業務を直接行っていない。多田は、右支店において、新規分譲マンションの販売を担当しており、中古マンションの仲介業務はその職務権限外の行為であった。これらは前記第一に認定したとおりである。

しかし、前記第一の認定事実に弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。

被控訴会社は不動産の売買、賃貸等を営業目的として掲げる業界大手の株式会社であり、なかでもマンション販売等については、その営業実績、広報活動により一般に広く知られている。被控訴会社自体は中古マンションの仲介業務をしていないが、関連会社が同事業を行っている。被控訴会社は、新規分譲マンションの購入者から売却の依頼があれば、マンションが完成して登記をした後に、右関連会社を紹介し、同社が仲介業務をすることにしている。多田は、控訴人に対し本件不動産の購入の勧誘をするに際し、被控訴会社大阪支店営業第二部第六課に勤務する営業担当者であることを示している。

これらの事実に照らすと、多田の行った、控訴人に対する本件マンションの勧誘行為が、被控訴会社の本来の業務と密接な関連性を有することを否定することはできない(被控訴会社が、自らは中古マンションの仲介業務をしない扱いとしていながら、顧客から依頼があれば関連会社を紹介しているのも右関連性を裏付けるものである)。

したがって、多田の控訴人に対する本件マンション購入の勧誘行為は、その行為の外形からみて、被控訴会社の事業の範囲内に属するものというべきであるから、右勧誘行為は民法七一五条一項の「事業の執行に付き」されたものに該当する。

第五  悪意・重過失(抗弁)

一  被用者のした取引行為が、その行為の外形からみて、使用者の事業の範囲内に属するものと認められる場合においても、その行為が被用者の職務権限内において適法に行なわれたものでなく、かつ、その行為の相手方が右の事情を知り、または少くとも重大な過失によりこれを知らないで、当該取引をしたと認められるときは、その行為に基づく損害について、その取引の相手方である被害者は、使用者に対してその賠償を請求することができないものと解すべきである(最判昭和四二・一一・二民集二一巻九号二二七八頁)。

しかし、このように、相手方の故意のみでなく重大な過失によっても使用者が損害賠償の責を免れるのは、公平の見地に照らし、被用者の行為の外形に対する相手方の信頼が、重大な過失に基づくときは、法律上保護に値しないものと認められるためにほかならない。したがって、ここにいう重大な過失とは、取引の相手方において、わずかな注意を払いさえすれば、被用者の行為がその職務権限内において適法に行なわれたものでない事情を知ることができたのに、そのことに出でず、漫然とこれを職務権限内の行為と信じ、もって、一般人に要求される注意義務に著しく違反することであって、故意に準ずる程度の注意の欠缺があり、公平の見地上、相手方にまったく保護を与えないことが相当と認められる状態をいう(最判昭和四四・一一・二一民集二三巻一一号二〇九七頁)。

二  そこで、以上に基づき本件について検討する。

前記第一の認定事実によれば、次のとおり認められる。

1  中古マンションの仲介業務は多田の職務権限外の行為である。

2  被控訴会社においては、新築マンション購入後の売買は、同マンションが完成した後に、顧客からの依頼により被控訴会社が関連会社を紹介することによって行われている。しかし、このことが一般顧客に周知であったとする証拠はない。被控訴会社はマンション事業において著名な大会社であり、本件マンションも売買当時は、いまだ未入居の新築物件であった。

3  売買契約書及び仲介手数料領収書は市販のものであり、かついずれの書面にも多田個人の住所氏名が記載され、押印(または指印)がされているにすぎず、被控訴会社名の記載はない。ただし、本件マンションの売買は、被控訴会社から直接のものではなく、この点で特殊性があった。

4  控訴人は、多田以外の被控訴会社の社員に対し、契約締結前後を通じ、平成四年七月五日までの長期にわたり、本件マンション購入の勧誘の件に関して確認するなどしていない。

以上の事情からすれば、控訴人は、本件マンション購入という高額の取引をする際、新築・中古マンションの販売の実情や売買契約書等の体裁などからして、被控訴会社の事業内容や多田の職務権限の有無について、疑問をもつべきであった。にもかかわらず、控訴人が、被控訴会社のしかるべき部門に直接確認する手段をとるなどして、多田の職務権限を確認しなかったことは、控訴人の過失であるといえる。

しかし、右過失の内容及び程度からすると、これは後記のとおり過失相殺の事由として斟酌されるのは格別として、これをもって、一般人に要求される注意義務に著しく違反するとか、故意に準ずる程度の注意の欠缺があり、公平の見地上、相手方にまったく保護を与えないことが相当と認められる状態であって重過失に当るとまではいえないものである。他にこれを認めるに足る的確な証拠がない。

したがって、控訴人に重過失があったとはいえない。

第六  損害

一  前記第一認定の各事実に《証拠略》を総合すると、次のとおり認めることができる。

1  控訴人は、本件マンションの売買代金三八〇〇万円のうち二〇〇〇万円は、控訴人が甲野太郎名義で株式会社福徳銀行から三〇〇〇万円を借りて、そのうち二〇〇〇万円を充て、残り一八〇〇万円は、控訴人が乙山春夫名義で株式会社住総から借り受けた一八〇〇万円を充てた。

2  控訴人は、本件マンションの処分を株式会社シティライフに依頼し、その仲介により、平成五年三月に代金二七〇〇万円で転売した。

3  控訴人は、買受代金中一八〇〇万円の借入金に対する平成二年五月から平成五年二月までの間の金利として合計三九八万四九七三円を支払った。

4  控訴人は、買受代金中二〇〇〇万円の借入金に対する右期間内の金利として合計四三〇万六四四九円(ただし、借入金三〇〇〇万円に対する右期間内の金利支払分六四五万九六七三円に三分の二を乗じたもの)を支払った。

二  控訴人は、多田の前示違法な勧誘行為により、購入する必要のない本件マンションを代金三八〇〇万円で購入させられ、その後二七〇〇万円で転売することを余儀なくされた。したがって、右差額一一〇〇万円は、右勧誘行為により控訴人が被った損害である。

三  控訴人は、買受代金中一八〇〇万円の借入金に対する平成二年五月から平成五年二月までの間の金利として、合計三九八万四九七三円を支払っている。右金利支払額は、多田の不法行為に基づく不要な支出であるから、控訴人は右支払分を損害として賠償請求することができる。

しかし、控訴人が本訴で請求しているのはその内金三七九万円であるから、同金額が多田の違法な勧誘行為により控訴人が請求する損害である。

四  控訴人は、買受代金中二〇〇〇万円の借入金に対する右期間内の金利として合計四三〇万六四四九円を支払っている。右金利支払額は、多田の不法行為に基づく不要な支出であるから、控訴人は右支払額を損害として賠償請求することができる。

したがって、右支払額が多田の違法な勧誘行為により控訴人が被った損害である。

五  以上によれば、多田の違法な勧誘行為により控訴人が被った損害は、合計一九〇九万六四四九円となる。

第七  過失相殺

一  多田は、控訴人に対し、本件マンションの転売が容易であり、短期間のうちに転売益を得ることができるからと説明して、本件マンションの購入を勧誘しており、この点が違法行為に該当することは、前示のとおりである。

これに対し、控訴人は、永年にわたり美容室を経営して事業を営むほか、不動産の取引にもある程度の知識、経験を有していたものと推測される(控訴人自身も、美容室店舗の賃貸に関して、控訴人自身が行う旨述べている)。したがって、多田の不正確な説明による勧誘があったとはいうものの、控訴人は、資金の借入れにより本件マンションを転売目的で購入した場合の危険について、自ら判断する能力を相当程度備えていたといえる。

また、本件マンションは、当時のいわゆるバブル経済下にあっては、不動産市況によってはさらに価格が上昇し、控訴人が高額の転売利益を得る可能性もあったのであり、控訴人もこれに期待したのであるから、下落した場合の損害の負担をすべて被控訴会社に求めるのは公平とはいえない。

二  また、控訴人は、売買契約書等の体裁などからして、多田の職務権限の有無について疑問を持つべきであった。

しかし、控訴人は、多田の転売約束の履行に期待して、被控訴会社の担当部門に直接確認するなどの手段を長期間にわたり全くとっておらず、その間多額の金利を負担するのみであった。そして、その間に本件マンションの価格は一層低下していったものと推認される。

三  以上によれば、控訴人の前記第六記載の損害の発生・拡大に関する当事者双方の過失割合は、控訴人が七割、被控訴会社側が三割と認めるのが相当である。

第八  まとめ

以上のとおりであるから、控訴人の請求のうち、被控訴会社に対し、金五七二万八九三五円及びこれに対する不法行為後の日である平成七年六月七日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由があるが、その余は理由がない。

第九  結論

よって、これと異なる原判決を主文のとおり変更する。

(裁判長裁判官 吉川義春 裁判官 小田耕治 裁判官 杉江佳治)

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